「最近、HPの連載が切れてますね」と、ある方からご指摘をいただいたのが、既に何ヶ月か前のことになりました。東日本大震災と、それと前後した身辺の「震災」で、ハッと気づくとほぼ一年間も休業しています。もしまだ読んでくださる方がおられましたらおわび申しあげます。と同時に、震災で困難な生活を送っておら …

祈りと信仰生活は切り離すことができません。それぞれがイエスと似たものになることを目的としているからです。
誰かと似たものになるのに、単なるテクニックや即効性のある手段だけに頼ることはふさわしくありません。長い年月をかけたパーソナルな交わりこそ必要です。
それではご一緒に、一歩一歩「祈りの道」を歩みましょう。
同伴者はイエスです。
主よ祈りをおしえてください(8)アビラの聖テレサ(3)
主よ祈りをおしえて下さい(7)アビラの聖テレサ(2)
京都に住んでいる他国人のせいか、京都のことが気になります。最近、ある新聞のコラムで京都の「ハレ」と「ケ」という言葉を知りました。ハレは非日常、ケは日常。その両者を区別しながらも断絶させず、連続性と非連続性を大切にしてきた京都の文化が、観光促進の掛け声におされて最近うすれつつある、というような辛口の …
主よ祈りをおしえて下さい(6)アビラの聖テレサ(1)
「祈りの場所」、「祈りの時間」についてお話してきました。ところで、ここまでおつきあいくださった方はこんな疑問をいだかれるかもしれません。
「祈りって、何か決まった言葉があって、それを唱えることではないの?」
そうですね、もちろんキリスト教のなかにも、「決まった言葉の祈り」(口祷)があり …
主よ祈りをおしえてください(5)祈りの時間
前回は「祈りの場所」についてお話ししました。キーワードは、「隠れる」でした。隠れておられる御父とともに隠れるとは、たんに「空間」としての場所に身を隠すだけではなく、わたしたちの本当の姿、ありのままの姿から目をそむけさせ、御父の子供としてとどまることをゆるさないすべてのものから「隠れる」ことでした。
…
Q1:「祈り」って何ですか?
A:人と会って、親しくなりたい時に、まず電話をかけたり、メールをおくったりしますよね。神との関係も同じです。祈りは、神とコンタクトをとることです。
つまり、静かな沈黙の中で、神と心を通い合わせることです。
会ったことも、話したこともない人と親しくなることは、できませんよね。神との関係も同じで、このよ …
Q2: 洗礼の時、神父様に「祈りは大切です。」と言われたのですが、なぜ祈らないといけないんですか?
確かに、祈りは「呼吸」です。と昔から言われてきました。
呼吸をしないと、生きていけないように、信者として生きるためには、祈りが必要なのだと。
マザー・テレサの言葉を借りると、
祈りは喜び、祈りは力です。
祈りは、ガソリンのようなもの、それがないと私たちという車は走れないのです。
なぜなら、洗礼の時の …
Q3:祈る時には、必ず決まった文句を唱えなければならないのでしょうか?
A:「主の祈り」や「めぐみ溢れる聖マリア」などの祈りを唱えることは、もちろん祈りです。その祈りに心をこめるならば、神との親しい心の通い合い、対話になるからです。
でも、いつも決まった文句をいつも唱える必要は、ありません、自分の心の思いをそのまま、語ればそれが祈りになります。飾らないありのままの自分で …
Q4: 祈りたいのですが、時間がないのです!どうしたらいいでしょう?
確かに、今の社会、忙しくない人はいませんね。一日が30時間あっても足りないくらいです。でも、ちょっと考えてみましょう。
祈りは、キリスト者にとって、呼吸と言われます。呼吸が止まると死んでしまいますよね。祈ることがなくなれば、神との絆がなくなって、信仰も危機に瀕します!ミサに出ても味気ない単なるセレモ …
Q5:祈ろうと思うと、気が散ってしまい、祈れません。私は、祈りに向いていないような気がするのですが…?
A:祈ろうとすると、気が散るのは、人間である証拠です!たとえ聖人であっても、祈るときに気が散らなかった人はいません。ですから、気が散るから祈りに向いていないなどということは、決してありませんので、まず、そのことを心配しないでください。
祈りのプロであったアヴィラの聖テレサでさえ、気が散ることにどれだ …
主よ祈りをおしえてください(4)隠れておられる父と共に
「祈るときには、奥まった自分の部屋に入って戸を閉めなさい」というイエスの言葉は何を意味するのでしょう。これを聞いた弟子たちは、文字どおり師の言葉に従ったかもしれません。しかし、イエスがおっしゃった意味はもっと深いところにあると思われます。「あなたの神、父は隠れておられる。だから、その父に祈るにはあ …








